先週、父が入院して手術することになり、緊急に釧路に帰省してきました。幸い大事には至らずホッとしてますが、久しぶりの道東でのクリスマスとなりました。とはいえロマンチックさのかけらもなく、冬の厳しさをただただ痛感。北海道といえば雪深いというイメージをお持ちの方も多いかもしれませんが、こちら太平洋側は冬は快晴が続き、降雪量はそれほど多くはないのです。その代わり道路がツルツルに凍結してアイスバーンになるのが道東の冬の風物詩です。
実はしっかり雪が降って、上に降り積もっていくと、路面はそれほど滑らないのです。ところが、雪が一度降って、その後晴天かつ気温が低い日が続くと、積もった雪が踏みならされ、日中に表面が溶ける→夜凍る、が繰り返され、表面がどんどんツルツルになっていくのです。
気候が悪く、飛行機代も高い年末にわざわざ帰省する気にもなれず、多分真冬の帰省は20年以上ぶりだったかも。空港からシャトルバスで市内に降り、予約したホテルまで数百メートルなのに、凍りついた路面に立ち尽くしてしまいました。やばい、冬の北海道甘く見てた!靴はブーツだったものの、寒冷地仕様などではなく、油断すると心もとなく滑ります。スーツケースをガラガラ引っ張りながら、冷
たく吹きすさぶ風がぴりぴり顔に突き刺り、足を早めたくとも、一歩一歩よちよち歩きしながら、やっとホテルに辿り着きました。
実家に戻ったのにホテル暮らしをしているのは、父が高齢者施設に移ったときに、家を売却してしまったから。以来帰省しても半分旅人のような気分です。特に今回は、父が入院してしまい、感染症予防で面会時間も制限されていたので、結構手持ち無沙汰でした。
幸い宿泊しているホテルの1階に居酒屋があって、なかなかボリュームがあって美味しいので非常に助かりました。普段はたまにしか飲まないけど、ここまで寒いとしっかり食べて、飲んで体温上げたくなるんです(笑)。 結局、毎日飲んでしまいました。お酒をちびちび飲みながら、塩分の濃い塩辛とかつまんでると、だんだん体の芯があったまって来て元気が出てくるわけです。まあ、何より暇なんです、日没の早い冬の夜なんて、飲むくらいしかやることないんです。
つくづく北の冬は過酷です。今までずっと良い季節にしか帰省していないので、ああ北海道ってやっぱりいいなあ、なんてうっすらUターンなども妄想したりもして。でも、そんな甘いもんじゃなかったみたい。この寒さと、足場の悪さでは散歩どころかコンビニすら行くのに一苦労。
ある晴れた日、暇なのでバスに乗って、新釧路川のほとりにあるスターバックスへコーヒーを飲みに出かけました。私が生まれた頃、この川の向こうの公務員宿舎に家族は暮らしていて、帰省するたびに懐かしくて通ってしまう場所です。何より店内も広々して、眺めもよく居心地が良いので気に入っているのです。
今、この辺りは綺麗な住宅地で、おしゃれで広々した店内のスタバも暖かく、ノートPCを広げた若者たちで溢れています。しかし当時は家族の住む、住宅地の向こうは原野でした。家の向こうには何もなかった、というのが幼い私の原風景です。その頃は辺りを通るバスもなく、父は車を持っていなく、近所に店もなかったので、母は子供達をおぶって、川べりを歩き、橋を渡って、買い物に行ったとよくこぼしていました。その橋の上に立つと、冷たい風が吹き付け、寒さが突き刺さります。この寒さの中を、日々の買い物に出かけていたんだなあ、と過ぎた日々の光景が、心にしみじみ浮かんできます。
さて、日が傾いてきたので、そろそろホテルに戻りましょう。
夕暮れの吹きっ晒しのバス停に10分も立っていると、体が凍りついてきます。冷えてズボンもカリカリに固まって、ダウンジャケットのフードを目深にかぶり、足元の氷を暇つぶしにパリパリ割りながら、今か今かとバスを待ちます。
ようやく来たバスに乗り込むと、あっという間に暗くなってきました。途中で中国人の男性二人組が乗り込んできて、その次にロシア人の二人組女性が乗り込んできて、車内に異国の言葉が響きます。
駅に着くと16時前なのに、真っ暗。人はほとんど歩いていません。両親が若くて、生活が不便だった時代の方がずっとこの街は栄えていました。私が子供の頃も、駅前から続く商店街はとても賑やかで、活気があった記憶があります。それから人口は減り続けて、駅前は完全にゴーストタウン化しているのです。
食事をする場所もほとんどなく、今日の夕ご飯はどうしようと歩いていると、駅の構内に昔からあるおにぎり屋を発見しました。おにぎりの形は大きめの丸型で、海苔は全体に巻かれてて、当時と同じです。嬉しくなってお弁当を購入、懐かしい赤いタコの形のウインナーが入っていました。
ああ、この赤いタコのウインナーって何年ぶりにご対面しただろう?そういえば滅多に関東では見ない気がします。心が一気に子供の頃に飛んで、普段ならジャンクで絶対食べないそのウインナー、箸に取って一瞬考えたものの、つい口に運んでしまいます。
18歳のときにこの街を出て以来、当たり前ですが、自分自身の変化、両親の変化とともに、故郷との付き合い方も様々なステージを経てきました。すっかり変わった部分もあり、思いがけずいつまでも変わらないところもある。そしていつかは、この街との縁も切れる日が来るのです。だんだんそれがリアルになってきました。
自分から出て行ったとはいえ、やっぱりそれは寂しいものです。
この故郷との付き合いが、いつまでどんな風に続くのか、ちょっとセンチメンタルになりつつ、窓の外を眺めます。
誰もいない夜の街、凍りついた道がテラテラと輝いていました。